高台寺でコンサートを開く

先日8月27日(金)京都東山の高台寺でコンサートを行った。正確に記すと、「まず圓徳院を拝観し抹茶をいただき、住職のお話を聞きいたあと食事。その後高台寺へ移動してコンサート」というイベントを行った。このイベントは、私が所属している京都中小企業家同友会の女性部会の主催。企画は五月からスタートし、足掛け3ヶ月を要し、数えきれないほど圓徳院・高台寺へ出かけて細部を詰めた。企画の実行部隊は、ミワさん、サイトウさん、そして私の3人だ。ミワさんは京都の創作中華料理店の役員。非常に教養のある人で、私とは親子ほど歳が離れている。サイトウさんは、女っぽくってファッショナブル。フードコーディネートの会社を経営し、年齢は不詳である。年齢も趣味もばらばらの私たち3人は、何の因果か同友会で苦楽を共にすることが多く、今回もこのイベントを通して“とことん付き合う”関係が進んだ。

東山高台寺・圓徳院は、秀吉の正室ねねが晩年を過ごした場所で、ねねが眺めていた通り今も存在する庭園をはじめ、襖絵、茶室、すべてが圧倒的な美しさである。5月の初めある人の紹介で、ここを貸していただけるというではないか。雨の中圓徳院を訪れた私たちは、その静寂で幽玄な美しさに時間を忘れるほど見とれていた。女性部会の夏の納涼イベントは、ぜひとも“ねねの過ごしたこの場所で”と、私たちは動き始めたのだった。

が、重要文化財を有する高名なお寺でイベントを行うことの難さを私たちは知らなさすぎた。6月、7月、そして8月に入っても、私たちは高台寺・圓徳院の何人もの関係者の方々へ様々な使用許可と承認を得るために奔走した。すでに予約チケットは完売していた。けれども何か問題が生じれば、たちまち「貸してもらえなくなるかもしれない」という恐れが常にあった。これでもか、これでもか、というほど出現する様々な難題。その解決に追われ精神的な疲労がどんどん溜まった。まるで鉛のように重いものがずっと心の奥にあっても、逃げ出すことはできなかった。とにかくやり遂げるしかない。私たちは開催日まで、いや、当日のすべての進行が無事終わるまで極度の緊張状態にあった。そのためかどうか私は開催前の1週間、首が回らなくなった。サイトウさんは人の顔色やメールに過敏に反応していたし、ミワさんといえば、イベントが終わった翌日20時間寝たらしい。

コンサートの出演は京都在住のジャズボーカリストでミュージックセラピストでもある浦千鶴子さんに依頼した。浦さんは古着の着物を独特に着こなし、ギターリストの井上丹(まこと)さんと共にねねの人生をたどる素晴らしい構成と唄で観客を魅了した。高台寺本堂に響く浦さんの美しい歌声は、まさに日本のゴスペルといった感じである。お二人の素晴らしいステージに「アンコール」の拍手がおこり、浦さんが最後に“アメージング・グレース”を歌ってコンサートは無事終了。帰って行かれるお客さんが口々に「感動した」「すごくよかった」と言っているのを聞き、私たちは心底安堵した。

こうして、長くて“熱い”今年の夏が終わった。苦しいときほど人の本性は表れるものだが、そういうとき、ミワ、サイトウ両氏は「いよっ!男前」と言いたくなるくらい正面から問題にぶつかっていくのよね。それがすごい。

また当日臨機応変な対応で活躍していただいた同友会女性部会の皆さまに感謝!そして高台寺・圓徳院関係者の皆さま本当にありがとうございました。合掌。
(2004.9.6)

HOME